如玄 ノバク |
如玄ノバクからみなさんへ
普通の美術と禅美術との差異は、その目標とするところにあります。禅美術が目指すものはあく まで、自分が感知した仏の教えを作品に反映させていくことであり、通常の美術が自己表現を目的 とするのとは、そこで明らかに異なります。従って禅美術の場合は、作品を鑑賞する環境にも、単 に作品を見るだけでなく、それを見ながら静かに自分の内部と対峙できる場所、という条件が要求 されます。日本では昔から、掛け軸は寺院や家庭の静かな場所にしつらえられる習慣があり、この 点において、禅画を見る人にとって、よい条件が整えられていたと言うことができるでしょう。 禅画や禅書において、最も重要なものは墨気と呼ばれるものです。これはいわば、墨にみなぎっ ている生命力と言えるでしょう。例えば、禅画において、その表現の鍵を握るのは線ですが、その 線がこの生命力を具えていなければ、その作品の生命は無いに等しいのです。作品の良否を決定す るのは描き手の技術や紙、墨、筆の質ではなく、この生命力の有無なのです。この生命力は、描き 手のその時の状態を如実に反映するもので、精進をしていなければたちまち失われてしまいます。 座禅はこの生命力を高める一つの方法であり、この生命力こそが禅美術の、文字通り生命となって いるのです。
プロフィール
1956年、ポーランドのブロツワフに生まれる。15歳のときに仏教と仏教美術に興 味を持ち、1974年より坐禅を始めた。1980年にアメリカの 禅センターで出家得度した。1982年にロサンゼルスで禅画の手ほどきを受け、翌年、本格的な修行 を志して来日、以後、 福井県小浜市 佛國寺禅堂師家原田湛玄老師について2012 年まで参禅 を続けていた。同師の指導とともに、先達の禅僧たちの優れた芸術 に触れたこと によって、以後、禅画が彼の修行実践 の一部となった。1986年には日本で出家得度し、その後嗣法を受け、曹洞宗の禅僧となった。この頃より仙台を活動拠点とし、1989年以降は、妻であるエバ・ハディドン(妙心) と共に同市 内に住まい、坐禅と禅画の修行を積むかたわら、市内および県外に おいて定期的 に展覧会を開いている。1995年には横浜善光寺留学僧育英会より 奨学金を受けた。ポーランド芸術家協会会員。
○河北新報ギャラリー二人展(1992年、1995年)
○仙台市博物館ギャラリー二人展(1994年、1997年)
○山寺風雅の国ギャラリー二人展(1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、1999年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2009年、2010年、2011年, 2012年, 2013年, 2014年)
○銀座鳩居堂での筆禅会展(1993年)
○銀座松崎画廊での筆禅会展(1994年、1995年)
○東京大崎ウエストギャラリー二人展(1996年)
○ポーランドクラクフ日本美術技術博物館(1998年)
○那須ロイヤル美術館二人展(1999年)
○日本ポーランド国交樹立80周年記念展覧会 東京、大阪、ワルシャワ、クラクフ(1999年、2000年)
○晩翠画廊 仙台二人展(2001年)
○ポーランドブロツワフ ヤプタクギャラリー二人展(2001年)
○熊本市島田美術館ギャラリー二人展(2009年)
○ポーランドルブリン市 ガジエニッツエギャラリー二人展(2011年)
○シンガポール 観音禅林二人展 (2013年)
○光禅寺、仙台二人展(2015年,2016年,2017年)
○ポーランドブロツワフ市ギャラリー二人展(2018年)
○大聖院、宮島広島県二人展(2022年)